【ゲスト寄稿】新潟旅行の思い出パート2

 どうも、頼まれてもないのにこちみなゲスト原稿企画トップバッターを務めさせていただく、nと申します。(社長のブログが無事炎上した暁に、責任を取らされたくないので、イニシャルだけにしておくね)

 さて、TRPG業界切ってのリア充集団ことこりかんさんは新潟で大層、充実した思い出を作ったそうですが、今回は私も新潟についての思い出を語らせていただこうと思う。

 とはいっても、そこまで、新潟に思い入れがあるわけではなく、私は今までの人生の中で二度しか新潟に踏み入れたことはない。
 今日、お話しするのはその内の初回の話だ。

 新潟というのは太平洋側に住む私にとって余り縁のない地域でございまして、その辺境に辿りつく為には山を越える必要があるのはお分かりかと思う。
 そう、その日は私も山越えに敢行していた。
 山の天気は変わりやすいというが、その日の山越えも例に漏れず、バケツをひっくり返したような大雨、私は雨合羽を被りながら、原付を駆り終わりの見えない(視界が悪い)坂を下っていた。

 この当時の私は、まさに人生においても終わりの見えない坂を下っていたと言えよう。
 何せ、当てのない旅、命を粗末にする旅。
 前日の夜は橋の下に寝袋で寝ていたし、本当に身も心も草臥れ切っていた。

 皆さんご存じかと思うが、万が一、知らない方にもわかるように説明させていただくと、一口に野宿と言ってもグレードというものがある。
 土より高い床で、屋根がある場所は総じて寝心地が良い。木の方が柔らかく、ベンチの方が一見寝心地はいいが、深夜に落下するリスクとあれは座る為に設計された構造なので、寝るのに適した平面部が足りないことが多い。
 なので、広々としたベッド、という解釈ではコンクリート床の方に軍配があがるのだ。

 しかし、この床と屋根という好条件を備えながらも劣悪な環境というのも存在する。これが橋の下である。
 寝床としてのイメージとして橋の下というのはポピュラーであるが、あの手の橋の下というのは日頃から諸先輩方の手によって手入れがされている。しかし、そう言う先客のいない橋の下というのは鳥の糞と蜘蛛の巣に塗れた到底、寝心地の良い環境ではない。あんまり虫が苦手という訳でもないので、自分に直接的に害を為さなければ、好きに這っていてくれ、と思う私であったとしても、寝起きに顔を上げれば糸が引くというのは歓迎できない。
 だが、その日に限って言えば、欲張った結果、寝床を確保する前に暗くなってしまった。
 日の沈んだ異郷の地で寝床を探すというのは存外難儀なもので、橋を見つけたときは「もうどうでもいい」という気持ちになり、また暗かったこともあり、内装を詳しく検分せぬまま寝床と定めてしまった。
 到底安眠とはいえぬ、ここで、さらなる悲劇が私を襲う。
 これいつになったら新潟の話はじまるの?まぁ前置きが長いのはいつものことだから気長に待てよ、短小早漏野郎め。
 早朝、橋の揺れる振動で目が覚める。
 考えて見れば自明なことであるのだが、橋は車の通り道であり、大型車は橋を揺らす。
 音は耳栓で隠すことはできても振動は身体で感じる生命の躍動である為、反応せざるをえないのだ。

 かくして、日も登る前に世界に叩き起こされた私、ちなみに野宿していると太陽の光で自動的に目が覚めるから5時半くらいに勝手に起きるよ、これ豆知識ね、寝起きが悪いことが悩みな君はこれからベランダにベッドを置こう。
 蜘蛛の巣と泥と鳥の糞が爽やかな朝を演出する。
 加えて、窓、もとい橋桁の外はシトシトと雨が降っていた。

 で、冒頭に戻るわけである。なるほどねぇ~。

 で、シトシトといえば、シコシコである。愛知を旅立ってから実に2週間、血気盛んな二十歳の日本男児、それだけ野宿を続けていればする場面もないし、溜まるもんは溜まる。ここのブログの持ち主とは違うのだ。わかるかね?健全に定期的に出す物は出さねばならない。
 ちなみに当時の私はDTである。そして、今もDTである。これもここのブログの持ち主と違う。うるせぇ殺すぞ。

 そして、話は夜に飛ぶ。決してそこまでの道程を書くのが面倒臭くなったからではない。童貞だけに。
 今日は理想的な寝床を手に入れた。公園、屋根付き、コンクリートのベッド、水道・トイレ付きだ。どんな豪華な旅館だってこの装備には勝てないね、アメちゃんあげよ。
 街も寝静まった深夜の新潟(9時くらい。夜は暗くなると何もやることなくなるから普通はさっさと寝るよ、だからこれは夜更かしだし、深夜だよ)、私は公園のトイレの個室に忍び込み、ズボンを脱ぎ、右手にトイレットペーパーを構える。私、ピンクはサウスポー、溜まりに溜まったパトスが下腹部になだれ込んでいくのを感じる。
 思えば、長い旅だった。私はここまでの旅を回想する。寝床のことしか思い出せない。すごい。
 私はイマジネーション豊かに自らの妄の想だけを頼りに自らの息子に手を添える。
 気軽にオカズが摂取できるようになったこの時代に残されたまるで中学生のようなイマジネーションに頼るマスターベーション、私は必死に道中、休憩の為に立ち寄った古本屋で見たDVDの表紙を思い出そうとする。

 この旅での休憩といえば、コンビニに入るか、古本屋に入るかの二択だった。だって、お金はないし、喋る相手もいないし、無性に娯楽に飢えていたから、古本屋なんて見つける度に入っては貪るようにマンガを読んだ。そして、買いもしない癖にカーテンの中に入っては物欲しそうな顔で店を去るのだ。
 近麻をめちゃくちゃ読んでいたことと、古本屋じゃないのに、何故か立ち読みできた店で金と銀を延々と読んだことと、完全無欠の名探偵を100円で買ったことは覚えている。完全無欠の名探偵は今も手元にある。
 セブンイレブンはダメだ、立ち読みができない。
 それでも、トイレを借りるという名目でよく使わせてもらった。いや、そういう目的でトイレを使うわけではなく、でへへ、

 その時だった。

 なんと、私は我に返った。

 このときのショックや否や、夜の知らない土地の公園のトイレで一人でチンコを握っている哀れな青年を客観視してしまったのだ。
 気付いてしまったものはもう止められない、いや、チンコは止まった。
 さっきまでギンギラギンだった我がマッチはどんどんさりげなくなっていくのだ。
 私は焦った、まるで、何かに抗うように、まるで世界に仇為すように、必死にマッチに火を灯そうと擦るのだが、火勢は衰えるばかり、なんともまぁ情けなくて情けなくて、私は泣いた。

 何が、悲しくて新潟の公園のトイレでいたさねばならぬのか、それほどにまで私はカルマを背負ってしまったのか、私は輪廻に囚われ続ける定めなのか。

 時が過ぎるのを止められないように、オレが萎えるのも止められないのだろうか。

 そうやって、我々はまた世界の理を知っていくのだと思う。幸運の神様は前髪しかないのだ。

 男には泣いていい時が3つあるという。
 1つ目は生まれたとき。
 2つ目は親が死んだとき。
 そして、3つ目は新潟の公園でチンコをしごく哀れな自分を見つけてしまったとき。

 必死にこねくり回した誇りの先を僅かに濡らしたのは最後の涙のだったのかもしれない。

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